しかのひょうげん教室

絵を描いたり、モノをつくったり、ひとりひとりがあたらしい「つくる」に出会えるプログラム。大人から子どもまで、まるで遊んでいるように自由に表現するうちに、いつの間にか学んでしまう。そんな楽しい時間を過ごせるさまざまな教室をご用意しました。


おとなクロッキー教室

2021/12/23 レポート

ここは8歳から誰でも参加出来る絵の教室です。
この教室では皆さんに目の前にあるものをすばやく描きとるクロッキーという手法を体験して貰います。クロッキーはものの形をとらえる力がつくので、絵を本格的に学ぶときの訓練によく使われます。
教室ではモデルさんにポーズをとってもらい、柔らかな線が描ける木炭を使って、大きな紙に描いていきます。

絵を習うというと手を動かし技術を学ぶことをイメージするかもしれませんが、実はものを観察する眼を養うこともとても大切になります。

普段私たちの眼は現実を正確に映しているようで、実際は脳が処理した像を見ています。

例えばあなたがいま自分の人差し指を目の前に持ってきて凝視してみると、周りの空間はピントがぼやけた写真のように見えていると思います。
代わりに空間全体を見ようとしたら今度は人差し指がぼやけて周りがクリアに見えているでしょう。
状況に応じて人の眼は見ている景色を簡略化したり、逆に一点だけを良く見えるように映し出します。
これは危険をいち早く察知したり、ものを捕らえるときに大切な能力です。
しかし絵を描くときにはなるべく眼のイリュージョンに騙されることなく、目の前のものを観察したいと思います。

この教室では、はじめに眼が見せている思い込みのガードを取り払う体験をしてもらいます。

まず手元の紙を見ずにモデルから目を離さず描いていきます。
木炭も紙から離さず一本書きで。
はじめは皆さん戸惑いながら描きはじめますが、目の前にいるモデルさんをじっくりと観察していると、しだいに眼が普段捉えていない形を追っていることに気づきます。

ただ丸いと思っていた頭が実はひとりひとりまったく違う形をしていて、髪の毛のハネやクセによってさらに複雑な形をしていることに驚くでしょう。

まっすぐに描いていた腕も、よく見ると筋肉のなだらかなウェーブがあり、節々に骨の凹凸が浮かび、とてもダイナミックな形をしています。
手元を見ないことで、紙の上で都合を合わせた形ではなく、実際に眼で見て観察した線が描かれていきます。

そうして身体の線を丁寧に追っていくと服のしわも気になってきます。素材によって違う形を作る洋服の線を夢中で描いていると、あっという間に最初のクロッキーの時間は終わってしまいます。

終了の合図にハッと気づき、はじめて紙を見るとそこには何の形かも分からないような、沢山のうねった線だけが現れていると思います。
そこで、なんて下手な絵なんだ、なんて思わずにその線を良く見てください。
今まで描いたことがないような複雑な形が描けていることに気づくはずです。

それは今まであなたの眼が消去していた服のしわ、指の関節の形、顔の豊かな輪郭を観察した跡です。

そのひとつひとつの形を直視して追っていく行為。
この眼を持つと視界の解像度が一気に上がり、描ける絵の幅が広がります。
そしてこの訓練を何度も繰り返しているうちに、あなたはどんな複雑な形でも直視し目で追うことが出来るようになっていきます。

実はこれは何かを表現をするときに大切な心の訓練にもなります。

私達は日常生活を送るなかでたくさんの当たり前に囲まれています。
その当たり前やルールがあるからこそ、スムーズに快適な生活が送れたりするのですが、作品を作るときには、一度その当たり前を疑うことも大切になってきます。

いつの間にか刷り込まれていた固定概念を外し、対象物をじっくり観察してみる。すると今まで見えていなかったものがふっと浮かび上がってくることがあります。
自分のフツウを直視し考え続ける。その気持ちをいつまでも持ち続けることが、表現をする人にとって大切なことではないかと私は思っています。

さて、次は実際に紙を見て絵を描いていきます。
今度は紙を見れるので、絵のなかでバランスを見てモデルを描いていけます。
でも先ほど訓練した眼でじっくりと輪郭の線を追っているので、今まで描いたことのないような複雑な線も臆することなく描けていることに気づくでしょう。

時間が来たら描いたクロッキーを並べて他の生徒さんの絵と一緒に観ていきます。
するとそれぞれが独自の視点でモデルを見ていることがよく分かるでしょう。

ひとりは顔をしっかり描き込んでいたり、ひとりは足から描きはじめて、靴下のたるみを丁寧に描いていたり。
同じモデルさんを見ていても、気になるポイントはそれぞれ違うのです。
私は生徒さんひとりひとりの視点を見ることができるこの時間がとても好きです。
それぞれが持つ独特で豊かな感性を感じることが出来ます。これもクロッキー会の楽しみのひとつですね。

モデルさんにはまた新しいポーズをとってもらい、時にはゆっくり動いて貰ったりして、これを3分、5分、10分と少しずつ時間を増やして続けていきます。

最後の10分クロッキーのときには、大体の生徒さんが集中のゾーンに入っていて、終わりの合図をしたときに、時間が一瞬で過ぎていることに驚かれます。
これもクロッキー会ならではの現象です。
限られた時間で目の前の対象物を追って描いていくうちに普段使わない集中力が生まれ、周りの人の集中力も伝わって雑念が消え、瞑想のような状態になっていきます。

最後に今日1日で描いた絵を並べて見ると、
だんだんと自分の思い込みのガードが外れて、絵が変わっていく様子が分かると思います。

ここで体験したクロッキーは普段のちょっとした時間で手軽に出来ます。
私は散歩に行くときよく小さなクロッキー帳を持って歩きます。近所で寝ている猫なんかを見つけたら起きるまで描いたり。
旅先で気になる景色に出会えたら、少し立ち止まってまた描いて。
描くことで、見過ごしてしまうようなちいさな時間がすとんと自分のなかに落ちて残っていくのを感じます。

絵は描けば描くほどスムーズに早く描けるようになります。毎日包丁を使っていたら野菜をどんどん切れるようになるのと同じです。
そして無心で絵を描いていると心の余計なホコリがさっと取れていくように感じます。

この教室で体験した、ありのままにものを見つめる眼が、日常の中で絵を描いたりものを考えたりするときのちいさな力になっていたらとても嬉しいです。

文章:藤田美希子/写真:鹿野芸術祭実行委員会

鹿野芸術祭は3years Program。

鹿野芸術祭 2020→2022は「鳥取夜景」「鹿野採話集」を中心に 3年をかけて作品を制作し、発表していくプログラムです。
鳥取のさまざまな場所でフィールドワークしながらリサーチを重ねた 一年目。二年目となる今年はワークショップを中心にみなさんと さまざまな作品づくりを進め、そして来年、これまでの集大成として 発表の場所を作ります。
「いまアートを通じて人と人とがどうつながるか」その新しい答えを、 参加するみなさんといっしょに見つけながら、作っていきたいと考えています。

鹿野芸術祭は3years Program。

2020年度サイトへ

|主 催|鹿野芸術祭実行委員会、
西いなば工芸・アート村推進事業実行委員会
|共 催|鳥取県
令和3年度文化庁 文化芸術創造拠点形成事業、令和3年度鳥取県工芸・アート村推進事業
|助 成|公益財団法人 エネルギア・文化スポーツ財団

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