PROGRAM A

鹿野在住の画家 藤田美希子さんが鳥取のさまざまな場所で出会った夜景を描く新作シリーズを毎月ウェブサイト上で発表していきます。また日々の暮らしや絵に対する考え方など、さまざまな角度からお話を聞いた藤田さんのスペシャルインタビューもお楽しみいただけます。

文章 wakuruca/撮影 青木幸太

春の夜の夢

それはまだ私が移住してくる前。友だちといっしょに鹿野を旅していたときのことです。楽しい一日を終え、私たちは温泉に入ってから心地よい夜風に吹かれて散歩をしていました。

 まっ暗な城下町を抜けて、お堀に出た私たちは思わず息をのみました。そこには提灯に照らされた一面の満開の桜が広がっていたのです。どこまでも続く夜桜の並木。その風景はお堀の水面に映し出されることでさらに大きな広がりをもって私の目の前に現れました。その幻想的なシーンに心を奪われて、私はしばらくその場に佇んでいました。

 なにより私が驚いたのは、そこに人が全くいなかったことです。 もし都会にこんな美しい風景があれば人でいっぱいになっているでしょう。圧巻の風景とそこに広がる濃密な静寂。まるで自分が時間の止まった夢の中にいるような、そんな気持ちになりました。その風景は特別なものとしてずっと私の心の中に残っていました。今月の絵はその「鹿野の夜桜」です。鳥取夜景シリーズの最後の一枚です。

 この絵にはひとりの女性が登場します。私は彼女が桜を見上げて想いを馳せていることをいっしょに味わいながら描きました。桜は日本人にとって人生を思わせるような特別な花です。咲き誇っては散っていく、そのひとひらの花びらの間に垣間見えるさまざまな人生の断片のようなものをきっと彼女は見つめていたのではないか。そのはかなく変わりゆく時間の中にある美しさ。その瞬間を絵の中に閉じ込めたい、そう思いながら描きました。

 今回の絵は桜で画面が埋まるような構図になっています。これは私が鹿野の桜並木を歩いたときに体感した圧倒的な桜の存在感を表しています。 絵を観てくださる方が画面を覆う桜の花弁にさまざまな想いを映し出してもらえたらと思っています。

おにぎりみたいな芸術祭

鹿野に移住してきて少し経った頃、私は鹿野のまちづくり協議会の小林さんから「芸術祭やらんか?」と声をかけられました。それが鹿野芸術祭のはじまりです。

 最初は私ひとりしかメンバーがいなかったので、参加作家さんを探して一人一人に連絡して交渉したり、チラシを自分でデザインして入稿したり、できあがったチラシやポスターをいろいろな場所に貼りにいったり。 これは大変なことになったぞ、と途中で気がつきましたね(笑)。

 でも準備を進めているうちに見かねて手伝ってくれる人が出てきて、だんだんみんなで作る文化祭みたいになってきました。 重要文化財の屋敷にインスタレーションの作品を設営し終えて、ボランティアの大学生の子と畳に寝転んで作品を見上げたとき「この不思議な町に不思議な景色をつくることができた!」ととてもうれしかったことを覚えています。

 最初はひとりで芸術祭をやることがこんなに大変なんだと身に染みて、これで終わりにしようと思いました。 でも次の年に鹿野で絵を描いていた宮内くんが芸術祭を引き受けてもう一度してくれることになりました。 

 次の年は宮内くんも鹿野から去り、さすがにもうおしまいかなと思っていたところ、芸術祭に作家として参加してくれたイラストレーターのひやまちさとさんが芸術祭を鹿野で続けていきたいと話を持ちかけてくれました。彼女は鹿野で育ち、この美しい町でもっと芸術文化を盛り上げていきたいという強い想いがありました。 そこにコピーライターのwakrucaさんも加わって、仲間ができたことで私ももう一度やってみようかな、という気持ちになり、それが今の鹿野芸術祭の形になっています。

 たったひとりで始めた小さな芸術祭が少しずつ大きくなって、お客さんの数も増えていくのを見るとがんばってスタートを切ってよかったなと思います。私はいつもこれは手で握ったおにぎりみたいな芸術祭だなって思ってます。アーティストとお客さんがいっしょに語り合いながら、みんなで新しい風景を生み出していく。そんな芸術祭を作っていこうと思います。

鳥取で絵を描くということ

鳥取での初個展は鳥取駅前にある「ギャラリーそら」さんでやらせていただきました。その頃はほとんど知り合いの方もいなかったので、本当に人が来てくれるのかかなり心配でした。でもここで中途半端な作品を出すわけにいかないと思い、想像以上に自分にプレッシャーをかけて臨みました。

 そらさんはとても町に根付いたギャラリーでした。個展が始まると大学生からいつも展示に通っている地元の方、新聞などを見て遠くから来てくれた方などがいらっしゃってそこでさまざまな情報交換がされていました。そして私の活動もすぐに町のみなさんに知られていき、新しいつながりが生まれていきました。そういう形で鳥取での初個展をスタートできたというのはすごくラッキーだったと思います。

 個展がはじまってもしばらくはあまり絵が売れなくてどうしようと思っていました。それがある日、新聞を見て来たというお客さまが大きな絵を同時に3枚も買ってくださったんです。すごくびっくりしました。同時にとてもほっとしました。それから次々に絵が売れていき、ギャラリーの方もいっしょに喜んでくれてとてもうれしかったのを覚えています。

 その後もたくさんのお客さまに来ていただいて個展は翌年も開催しました。少しずつ自分が鳥取というところに馴染んでいるという実感が年々増しています。

 実ははじめ鳥取へ移住しようとしたとき東京の友人などに止められた記憶があるんです。ドイツの留学から帰ってきて、これからキャリアを積んでいく時期になんでギャラリーがたくさんある東京ではなくて鳥取なんてところに行くんだ、ということだったんだと思います。 けれど私はどうしてもここに来る必要があると直感的に思ったんです。 

 豊かな自然の中で絵と向きあう時間。土の上に足をつけて生活をしていく中で変化していく自分。そしてそこから生まれてくる新しい作品。そのひとつひとつが私が画家としてのキャリアを歩んで行く上での核を作る大切なプロセスだと考えています。そしてこれは私にとってまるで大きな樹が地に根をはっていくような、生涯描き続けていくうえで必要な時間なんだと思います。 

 実は私、近くに新しい家を見つけてもうすぐ引っ越そうと思っているんです。その家は二階に上がると目の前には田園風景が広がって、窓を開けるととてもいい風が吹いてきます。これからこの鳥取という土地で私の中にどんな新しい風が吹き込むのか、そして私はどんな新しい風景を見ることができるのか、とても楽しみにしています。

これまで「鳥取夜景」を

お読みくださりありがとうございました。

これからも画家 藤田美希子さんの

活躍にどうぞご期待ください。

今月の絵 <鹿野夜桜>

毎月、芸術祭レターのために書き下ろされる新作です。
(こちらの、またはサイトの一番上にある絵をクリックすると大きく拡大されます)