大絵巻絵画「Forest」

人間の心の中をテーマに描いた10mにもわたる大絵巻。2019年、鹿野で描き始められたこの作品は鳥取、東京、ノルウェーで展示と制作を繰り返しながらようやく今、完成の時を迎えます。人の心の表層から深層へと森の中を歩きながら深く入り込んでいく様を体験できる壮大な作品となっています。


大絵巻絵画「Forest」:開催レポート

2023/01/23 レポート

2016年の春、私ははじめて鹿野町を訪れました。 
それは偶然にも祭りの日で、提灯の灯に浮かび上がる城下町を眺めながら長い夜を過ごしました。 滞在中、泊まらせてもらったのは江戸末期に建てられた本田中家というお屋敷。 
広いお座敷の上で格子窓から漏れる灯を眺めながら、きっとこの町に住むことになるんだろうな、という不思議な確信を抱いたことを覚えています。 
その数ヶ月後から私の鹿野での生活がはじまりました。

この土地で暮らすようになってしばらくして、自然のなかで生きることを肌で感じるようになりました。 暗い夜道を照らす月の明るさを初めて知り、世界が真っ白に染まる大雪の景色、そのあとにやってくる雪解けと目の覚める様な新緑に力強い生命力を感じました。そんな日々のなかで少しずつ心の奥に隠れていたような自分自身と向き合うことが増えていきました。 
そして昔目にしたことがある「人の心の中には深い森が広がっている」という言葉が、ふと頭の中に浮かぶようになります。 

心のなかの森とはどんなものなのだろう、人の心の一番奥には何があるのだろう。 
その問いを探りたくて、2019年から私は長い絵巻を描き始めました。 

制作は鹿野のお堀前にある建物「しかの心」の一部を貸してもらい、そこで行われました。 
昔蚕の工場だったこの建物は広く、10mの長い紙を広げて描くことが出来ました。しばらくすると畑帰りの人や町の人がふらっと立ち寄っては、絵を観ながら話をするようになりました。心の中にはどんな風景があるのか誰かが語りはじめると私も描く手を止めて耳を傾けました。 
そのなかで「心の奥には泉があると思う」という話が頭に残りました。 

2020年のはじめにノルウェーでの滞在制作の機会を貰い、そこで絵巻の制作を続けました。 絵巻は表面が森の風景、裏面が海と宇宙がつながる風景になりました。 
約一ヶ月間、フィヨルドが見える海辺で暮らしながら裏面の海の風景の構想を探ります。 
滞在制作の最後に地元の人を招いて絵巻を展示し、そこで話をする機会がありました。 
人の心の奥底には渾々と湧き出る泉があり、そこから宇宙全体とつながっている。そんな絵巻の世界観を現地の人々は共感をしながら受け止めてくれました。国や宗教を超えてこの作品を囲み、鹿野と同じように語り合えたことが制作を続ける上で大きな力になりました。

その後再び鹿野に戻った絵巻は、制作と展示を繰り返しながら鹿野芸術祭2022で完成のときを迎えることになります。 
会場は偶然にも私がはじめて鹿野を訪れた日に泊まり、移住するきっかけとなった本田中家になりました。そして芸術祭が始まる直前まで心の森を探る制作は続けられました。

設営は建物に照明をつける作業から始まりました。本田中家は重要文化財で釘が打てないため、古民家に詳しく経験がある芸術祭の参加アーティスト山本晶大さんの助けを借りながら作業を行いました。また江戸時代からの雨戸が引っかかっていたりと問題が起きれば、まちづくり協議会の小林さんに来てもらい、町の人たちの力と知恵を借りながら会場を完成させていきました。 

この古く重厚な建物と絵巻の世界を繋げたいと、会場には香りを漂わせることにしました。 香りは植物芳香蒸留士の大崎梨絵さんにお願いし、絵巻の世界を表す神聖な森の香りをつくってもらいました。 会場に来てくれた方がこの場所を、現実から切り離された世界のように感じてもらえたらと五感で体感できる空間をつくりました。

芸術祭当日は鹿野の方が多く来てくださったことが印象に残っています。 
繰り返し観に来てくれる方、家族で鑑賞しながら作品について語り合う姿など、忘れられない光景がたくさんありました。 
絵巻は長い座敷の上をうねるように吊るされ、訪れた人は自ら歩き、森の中を探るように奥へ奥へと描かれているものを見つけにいきます。会期中に対話型鑑賞が二度行われ、そこで絵巻を歩きながらそれぞれが感じた心の風景を話してくれました。 
この作品を通して人が立ち止まり、そこで見えてきたものを聞くことが出来たのは何よりの財産になりました。 

最初は今まで向き合うことが難しかった自分の心を見つけ出すことが目的となり、この作品づくりは始まりました。 それがいつしかこの絵巻を通して、ひとが自身と向き合う時間が生まれたらと思うようになりました。 この会場を訪れてくれた人だけでなく、鹿野で制作を見守ってくれた人々にとっても、絵巻が日常でふと立ち止まり、自身と向き合うきっかけになれていたらとても嬉しく思います。 

最後に今回の展示をするにあたって多くの方々のサポートをいただきました。制作を見守ってくださった鹿野町の方々、芸術祭実行委員会、アシスタントスタッフのみなさん、そして作品を観に来てくださった方々にに心から感謝を申し上げます。 

文章・写真(2,3,4枚目): 藤田美希子 /写真:青木幸太

|主 催|鹿野芸術祭実行委員会、
西いなば工芸・アート村推進事業実行委員会
|共 催|鳥取県
|助 成|鳥取県
令和4年度文化庁文化芸術創造拠点形成事業
令和4年度鳥取県工芸・アート村推進事業
エネルギア文化・スポーツ財団
ごうぎん文化振興財団助成事業

文化庁ロゴ エネルギアロゴ

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