PROGRAM A

鹿野在住の画家 藤田美希子さんが鳥取のさまざまな場所で出会った夜景を描く新作シリーズを毎月ウェブサイト上で発表していきます。また日々の暮らしや絵に対する考え方など、さまざまな角度からお話を聞いた藤田さんのスペシャルインタビューもお楽しみいただけます。

文章 wakruca / 撮影 青木幸太

自分に還る駅

私の鳥取のイメージのひとつに「小さな駅」というのがあります。都会の人混みやあわただしい改札とは無縁の静かでひっそりと佇む駅。鳥取のことを考えたときにふとあの風景が心に浮かびます。

 今月の絵は八頭にある船岡駅を描きました。次の夜景はどこを描こうかなと思っていたときに、ちょうど知り合いの方が「いい場所があるよ」と教えてくれたんです。船岡駅は鳥取駅からだとJRで郡家駅まで行って、そこから若桜鉄道に乗り換えて2駅目。本当に静かな山の中にあります。

 調べてみると今の現存する駅舎やプラットフォームは昭和4年にできたもので、国の登録有形文化財になっているみたいです。でも全然威厳のある感じではなくて、本当に昔からある暮らしの風景に馴染んでいるような建物です。  

 駅に着いたのはちょうど夕暮れ前。その静かで美しい駅舎をひと目見て好きになり、しばらくひとりでその時間を堪能していました。

 家に帰ってさっそく制作に取りかかりました。筆を持ってキャンパスに向かいながら、この汽車を待っている女性は夜中になぜここにいるのか、どんなことを想いながら待っているのかを考えていました。そして絵を観ていただいている方ひとりひとりも、彼女を自分に置き換えて想像しながら同じように頭の中で汽車を待ってもらえるといいなと思いました。

 私は旅をするとき夜に移動することも多いのですが、そのとき窓の外を流れる景色を眺めながら、いつの間にか自分自身を見つめているような、なんでもない時間がとても好きです。そんな時間を過ごすみたいに、見る人が本当の自分に還ることのできるような夜の時間を描きました。

 色彩的には今回は画面全体を明るくすることを意識して描きました。蛍光色の黄色やピンクもたくさん使って、窓から差し込む不思議な雰囲気の淡い光を表現しています。

何のために描くのか

 大学は東京にある多摩美術大学に進みました。私は油絵を専攻しましたが、ほかにもグラフィックデザインや染色、日本画や彫刻などの科がある美術系の総合大学です。

 絵を描くというところでは同じですが、高校が基礎や技術を学ぶ場所だったのに対して美大は「自分の表現とはなにか」を探る場所でした。そういった意味で自由で可能性が広がった分、暗中模索というかどこに行き着くかわからない大海原に出たという感じはありました。

 大学へは実家から通っていました。片道2時間半もかかったので朝6時半には家を出ていました。午前中いっぱい学科の授業を受けて午後からは実技の制作。遅い日は夜の10時くらいまで描いて終電で家に帰るような生活でした。

 この頃、私はあるアーティストの作品と彼の生涯を知り、制作について深く考えることになります。アメリカのアウトサイダーアートの画家、ヘンリーダーガー。彼は81歳の生涯を終えるまでアパートで一人暮らしをしながら掃除夫をしていた孤独な人でした。しかしその死後、アパートの管理人が彼の部屋を整理したときに膨大な数の絵が見つかり、彼がとても長い小説とそれに合わせて挿絵を描いていたことが発見されます。 

 当時私は作家になるために大学に入り絵を描いていましたが、ダーガーは自分の世界に没頭する手段として誰に見せることなく絵を独学で描いていました。 彼の純粋な制作への熱量は私に絵に夢中になっていた頃の気持ちを思い出させてくれ、時代や風評に左右されない独自の作品世界について考えるきっかけになりました。 

 「自分の表現とはなにか」。その問いは実は今でもまだ追いかけている、というか一生続いていくもののような気がしていますが、この頃に感じたことや考えたことが今でも私が絵を描く上での大きな土台を形づくっていると思います。

画家としての輪郭

大学も後半に入ると、そろそろ将来についておぼろげに考えるようになりました。実は私には高校時代からの夢がありました。それはドイツに留学することです。高校の頃は単純な憧れでしたが、この頃にリヒターやシグマーポルケなどといったドイツの現代美術の作家をたくさん目にすることで日本の作家との違いを肌で感じました。そしてそれが意思を固める大きなきっかけになりました。

 それからは大学への行き帰りの電車の中でドイツ語を勉強したり、また在学中に一度実際にドイツに行って大学のある街を訪ねて歩いたりしました。少しずつ将来に向けての小さな種まきのようなことがはじまりました。

 同時に自分の作風もだんだん明確になっていきました。青を基調として夢と現実の狭間を行くような風景。自分の手で自分だけの世界を作ってくような手応えが少しずつ感じられるようになっていきました。

 卒業制作では文字のない夜の絵本を作りました。これはずっと作りたいと頭の中にあった作品で10代の子供たちが真夜中に家をこっそり抜け出して森の中に入っていく物語です。のちにドイツの出版社から出版されることになりました。原画を描いている途中、時が止まったような感覚で自分が絵の中に入り込んでいるようなことがよくありました。夢と現実の狭間を行くような世界を本当に自分が体感しながら形作っているようなとても不思議な経験でした。

 この頃、大学の教授である本江邦夫先生に絵を観ていただく機会がありました。そのとき「才能があるから焦らずに自分の作品を深めることに今は集中しなさい」と言っていただいたことを今でもよく覚えています。その時期は自分のこの先について不安や焦りがあって、コンクールに出して賞を取ったりしないと画家として活動できないのではないかと悩んでいました。 本江先生は色々な絵画コンクールの審査員もされている方でしたが、その先生から賞を取ることより、今しっかり自分の作風を深める方が大切だと諭され、その後作品に集中することができました。  

 自分の描く絵がおぼろげに見えてきた。それはつまり画家としての自分の輪郭が少しずつ見えてきた。そういった時期でした。そして同時に揺るぎない何かを深めていく、そのスタート地点にそこでようやく立ったのだと思います。

いよいよ大学卒業へ。未知の世界で彼女はなにと出会うのか。

来月更新の「鳥取夜景 藤田美希子インタビュー06」に続きます。

今月の絵 <船岡駅>

毎月、芸術祭レターのために書き下ろされる新作です。
(こちらの、またはサイトの一番上にある絵をクリックすると大きく拡大されます)