PROGRAM A

鹿野在住の画家 藤田美希子さんが鳥取のさまざまな場所で出会った夜景を描く新作シリーズを毎月ウェブサイト上で発表していきます。また日々の暮らしや絵に対する考え方など、さまざまな角度からお話を聞いた藤田さんのスペシャルインタビューもお楽しみいただけます。

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夜のぬくもりの中にいて

その日は、アトリエのある「しかの心」で絵を描いていて、気がつくと外はまっ暗になっていました。そろそろ家に帰ろうと「しかの心」を出てふと見上げると、目の前のお堀の上に月が浮かんでいたんです。物音ひとつしない静けさの中、私はお堀のところまで行ってしばらくその風景を眺めていました。

 そうしていたら、いつもお堀にいる白鳥がスーっとこちらに寄ってきました。このまっ暗な暗闇の中、1人と一匹でこの美しい風景を共有している気持ちになりました。私はいま、ひとりだけど不思議と孤独さはなくて、月や白鳥とつながりあうような温かさを感じている。

 私は昔から孤独に思うような夜の時間にもどこかしらあたたかさを感じることがよくありました。夜中にひっそり起きている人、鳴いている虫、お堀に浮かぶ月やその上を泳ぐ白鳥など、夜に会える者たちに癒される時間を絵にしてみよう、と思いました。そして今月の絵「しかのよる」は生まれました。

 絵はアトリエから実際にお堀を眺めながら描きました。頭の中にあの日の月を思い浮かべながら筆を進めていきました。描きながら、私が鹿野に移り住んで初めてお堀で月を見上げたとき「多分この風景は昔からあまり変わらないのだろうな」と考えたことをふと思い出しました。この小さな城下町の上にある、雄大な時間の流れと広大な空の広がり。その感覚を絵に込めたいと思いながら描きました。

 自分が実際に感じた広々とした月夜を表現するために空に構図を多く取っています。また青色の中に薄い黄色を混ぜて、風景全体に月の光が満ちているように描きました。あとは私が昔から好きな浮世絵などのイメージも込めたので、それが形にできてうれしかったです。

土地といっしょに描く

鹿野に移住をしてきて家を整えたり、町のことを調べたり、いろんな人にあったりしながら過ごして、ようやく落ち着いて絵を描こうという気持ちになったのは3ヶ月くらい経ってからです。

 私は鹿野で暮らすようになって、自然の生命力をすごく感じるようになっていました。季節が変わるとまわりの景色も変わり、新しい草花がどんどん芽吹く様子に圧倒されたのを覚えています。

 鹿野に来て初めての絵を描いたのはちょうど秋の中頃でした。田んぼや道端に咲くたくさんのまっ赤な彼岸花を見て、自然と女性から植物が生えてくるイメージが湧きました。自然の力と女性の生命力が重なって見えたとき、私はそのイメージを夢中で描き始めました。なんというか、土地に力をもらった、という感じでした。完成までかなり時間はかかりましたが、できあがったときは本当にうれしかったです。

 私は今年のはじめにノルウェーで滞在制作をしました。目の前はフィヨルドが広がる絶景。普段見ることのない景色からたくさんのインスピレーションが起こりました。私は特に制作する場所に影響を受けるので、自分の作風と重なるような場所に行くと様々なアイデアが湧いてきます。鹿野からは「自然の生命力」という大きな絵のテーマをもらいました。この土地に暮らしながら季節ごとに散歩してモチーフになる景色を探す。本当に贅沢な環境にいるなあと思います。

 初めてこの土地に来たとき怖かった山々が、いつの間にかすごく身近に感じられるようになりました。今では朝、山から霧が立ち込める風景を見るとその美しさに足を止めてしばらく眺めてしまいます。何度見ても新鮮な感動がある。私の描く絵もそうありたいなと思います。

空気みたいに芸術の匂いがする

移住したばかりの頃は旧鹿野小学校の教室をアトリエとして使わせてもらっていました。城下町のまん中のお堀のすぐ近くに小学校はあります。ここは鳥取を代表する劇団「鳥の劇場」さんが2006年から拠点として使われている建物でした。毎日、劇団員さんや舞台芸術の方々が稽古をしにやってきます。

 私がアトリエとして使っていた教室は鳥の劇場さんの稽古場とつながっていました。絵を描いているとたまに稽古の歌が聞こえてきたり、舞台で使う小道具を見せてもらったり、夜遅くまで作業していても劇場から音が聞こえてきたりしていました。それがなんだか文化祭のような雰囲気で、ひとりじゃない感じがしてとても心強かったです。

 この町に越してきてから、留学時代の友人などドイツから何人ものアーティストが遊びにきてくれました。みんな一様にこの町を好きになり、中にはまた通うように訪れてくれるようになった人もいました。おそらく観光地化されていない日本の原風景に近い景色に魅力を感じるのだと思います。

 鹿野という町はふらりと歩いているときに、はっとするような美しい風景に出会うことがあります。実はこれは自然にそうなっているんじゃなくて、ここに暮らしている人たちが日々丁寧に手を入れることで形づくられているものなんです。普通に暮らす中に自然とそういうセンスのようなものがある。ほかにもいろんな町を訪ねましたが、これは鹿野特有のものかもしれません。

 そういえば去年、私のアトリエがある「しかの心」で大きな絵巻を描いていたときがあったんですが、そこはいろいろな人が出入りする場所なので、描いている絵について感想や意見を言われることがありました。なるほどなと思うことも多くて、実際に絵に反映させたこともあります。制作段階でいろんな人が気軽に意見を行ってくれるというのも鹿野ならではだなと思います。

 この町にいると、暮らしの中に本当に自然に芸術の雰囲気を感じることが多くあります。それはなにか町おこし的にどこかから持ってきたものではなくて、生活の中にまるで空気みたいに馴染んでいるような感じのものなんです。私は偶然この土地にやってきましたが、本当にいい町を選んだなと思っています。

今月の絵 <しかのよる>

毎月、芸術祭レターのために書き下ろされる新作です。
(こちらの、またはサイトの一番上にある絵をクリックすると大きく拡大されます)