PROGRAM A

鹿野在住の画家 藤田美希子さんが鳥取のさまざまな場所で出会った夜景を描く新作シリーズを毎月ウェブサイト上で発表していきます。また日々の暮らしや絵に対する考え方など、さまざまな角度からお話を聞いた藤田さんのスペシャルインタビューもお楽しみいただけます。

wakruca

誰かと同じ夜でつながっている

今月の絵は鳥取の松崎というところにあるhakusen(ハクセン)というカフェからの眺めを描きました。hakusenは東郷湖のほとりにあって、窓辺でお茶をしているとまるで湖に浮いているような不思議な感覚になります。水音が絶え間なく聞こえて、窓の外はずっと先まで続く水平線。私にとってここはとても鳥取らしい場所でもあります。静かで、世間との距離があって、自分だけの時間をゆっくりと過ごせる場所。ここの風景はいつも私の心の中にあります。

 実は鳥取に来て初めての誕生日をこのカフェで友だちといっしょに過ごしました。みんなでお祝いしてくれて、その日もよく晴れていてキレイな青空と水平線が見えました。だからここに来てこの風景を眺めるといつもあの日のことを思い出すんです。

 実際はhakusenは夜の営業はしていないので夜景を見ることはできません。だからこそ、想像の中で好きな席に座って夜、コーヒーを飲んでみる。そしてその想像の中で風景を描いてみたいと思いました。

 ある女の子がこのカフェにやってくる。窓際の席に座ってぼんやりと夜の水平線を眺める。それまでいろんな考え事をしていた彼女は、その風景を見ているうちにいつの間にか頭の中が空っぽになって、ただ水音に耳を傾けながら自分が湖に浮かんでいるような気持ちでコーヒーを飲んでいる。そんなことをイメージしながら描きました。

 今回の絵は私の心の中にあるとても個人的な風景です。もし絵を見た誰かの記憶の端にも残って、ふとしたときに思い出してもらえたら、同じ夜を共有できてその人の心とつながるようで素敵だなと思いました。描き終わって、自分の心の中に眠っていた風景をそのまま外に出したような感覚がありました。こういった無意識な世界のつながるような風景をこれからもっと探っていきたいです。

小さな灯りの元でウクレレを弾くことも

私をつくってくれたもの

私は父の仕事の関係で三歳までドイツのミュンヘンにいました。そのあとは千葉の船橋に引っ越してそこで育ちました。ふたつ上の兄と歳の離れた弟の三人兄妹。私はまん中です。

 絵を描くことは小さな頃から好きでした。父はサラリーマンで母は私たちが大きくなるまで専業主婦でした。ただ2人とも絵を見るのがとても好きでした。家には海外の美術カタログがたくさんあって、洋書の不思議な雰囲気と絵の美しさが好きでよく眺めていました。多分そのことが絵を好きになる理由のひとつになったのだと思います。特に好きだったのはモナリザかな。ダビンチの作品全般が好きでよく見ていました。

 幼少期の思い出で思い浮かぶのは、毎晩母に絵本を読んでもらったことです。寝る前になると、兄と私でそれぞれ一冊ずつ、その夜読んでもらいたい本を選ぶのが習慣でした。本棚から絵本をえらぶときのあのワクワクする感じを今でも鮮明に覚えています。

 そういうこともあって、小さい頃はよく兄に手伝ってもらって絵本をつくっていました。私が描いた絵を兄にホッチキスでとめてもらい、それに字を書いてもらって絵本にしていました。一枚の絵から絵本へと変わっていく過程がおもしろくて、夢中になってつくっていました。絵本が完成して幼稚園に持っていくと、先生がみんなの前で読んでくれました。私の描いた絵を見て友だちがその物語の中に入ってよろこんだり驚いたりしてくれている。またそのことがすごくうれしくて新しい絵本を夢中で作る。その繰り返しでした。

 この体験が私が絵を描く道に進んだきっかけになったのだと思います。自分でも知らないうちに絵を描くことに自然と導かれていたのかもしれません。こんなすばらしい環境をつくってその中で育ててくれた両親には本当に感謝しています。

さりげなく置かれた花も、藤田さんの世界観をつくるひとつ

画家になるための栄養

小学校に上がった頃、図工の時間に描いた絵で金賞をとったんです。それまで私はなにをするにもまわりの子よりも遅れていたので、はじめて少しだけ自分に自信が持てるようになりました。それからさらに絵を描くのが好きになって、それから毎年金賞という感じでした。

 小3か小4の頃に母が絵画教室を探してきてくれて、そこで油絵の描き方やデッサンを習いはじめることになりました。大好きだった絵画の世界に一歩足を踏み入れたように感じて本当にうれしかった。初めて描いた絵は鳥の置物をカラフルに描いた絵です。迷いなく純粋にとても楽しく描いていて、今見てもよい絵だなと思います。

 その頃に何度も見返していた絵はジョン・エバレット・ミレーの「オフィーリア」です。オフィーリアはシェイクスピアのハムレットの登場人物で、彼女がデンマークの川で溺れてしまう前に、歌を口ずさんでいる一場面が描かれています。ドレスを着たまま川の水面に浮かんで半分目を開けて何かを口ずさんでいるかのような女性。その表情だけでこの人は死んでいるんだなというのがこちらに伝わってくる。そこにある表現力の深さにはっとさせられました。今でも私にとってとても大切な一枚です。

 当時は母に連れられてときどき劇を観にいっていました。テレビとは違って、いま目の前で人が演じている。その生の舞台から得た感動はとても大きくて、芸術が人に与える力の大きさを感じる経験になりました。それは絵を描く上で影響を受けたことのひとつかもしれません。ただ自分が描くだけではなくて、その先に見る人がいてそのひとりひとりの心を動かしているということ。そのことを小さいうちに感じられたのはすごく大きかったです。

 あと実は私、小さい頃からバレエを習っていたんです。バレエは踊りに入る前に、毎回基本の姿勢からポジションをとる一連の準備運動があるんですが、その繰り返しの中で、基礎を磨き続けることで、より自由な表現ができるようになっていくということを体感として学びました。このことも絵を描くことにすごく影響していると思います。

 今思い返すと、この頃に感じたり考えたりしたことが絵を描くこととつながって今があるんだなということがわかります。ひとつひとつの経験が私が画家になるための栄養になっていたような、そんな気がします。

今月の絵

毎月、芸術祭レターのために書き下ろされる新作です。
(こちらの、またはサイトの一番上にある絵をクリックすると大きく拡大されます)