PROGRAM B

アーティスト 山本晶大さんが鹿野に住むみなさんから地元にまつわるさまざまなお話をヒアリング。そこから得たインスピレーションをもとに作品制作するプログラムです。ウェブサイトでは集まったさまざまな声や地元の方々とのやり取りを紹介していきます。

外から見た鹿野町

鹿野のみなさん、こんにちは。
今回は鹿野町外にお住まいの塩川さんとののさんよりいただいたお便りをもとにした、外から見た鹿野町のおはなしです。

楽園的絵画と女湯の光

 まずは塩川さんについての簡単な紹介から。塩川さんは私と同じ尾道市立大学の出身で、私の先輩にあたる方です。絵画の他、ねことうんこをキャラクター化した独特の世界観の漫画やイラストなども描かれていて、鹿野町の近くの浜村で曇天野外の壁画制作をされたり、Tottoriカルマで作品展示をされたりなど、最近は鳥取県で主に活動されています。
 現在、塩川さんは鳥取県に住まわれており、鹿野芸術祭の運営をされている檜山さんから私が鹿野採話集というプログラムを行うことを聞いて、鹿野町での思い出をお便りにして送ってくださいました。
 そんな塩川さんが初めて鹿野を訪れたのが、2010年の8月に開催されていた「楽園的絵画」というアートイベントに際してでした。このイベントは、尾道と鹿野町がシンポジウムをきっかけに交流が深まったことから企画されたもので、塩川さんの同期である尾道市立大学に通う女性三人が鹿野町で滞在制作を行い、オープンスタジオ(公開制作)や作品の展示、楽園クルージングという三人の作家の作品を見て回りながらいつもとは違う視点で鹿野の町を見て歩くワークショップ、尾道の人々やミュージシャンを招いてのオープニングパーティーなどが開催されていました。
 塩川さんは尾道の人々と一緒に、同期の三人が行なっているこのイベントを見に鹿野を訪れたのですが、そのときのことで特に記憶に残っているのが、ホットピア鹿野の女湯の光の感じなのだそうです。一緒に尾道から来た人たちとホットピアの明るい浴場でお湯に浸かっているときに初めて目にした知人の裸がとても美しく、白い光に満ちた明るい浴場の解放感とその知人の美しさがバチっと重なり、自分の中に深く刻み込まれて、今でも「鹿野」と聞くとそのときの情景が浮かび上がってくるそうです。
 確かに普段よく顔を合わすご近所さんでも、見たことない姿というのは沢山あって、一緒に旅行に行った際に初めて目にした姿が旅先の風景と結びついて印象に深く残ることってありますよね。ちなみに「わたしたちの鹿野」によると、ホットピア鹿野の利用者は年間12万人くらいで、その内の7割以上が町外からの利用者だそうです。もしかしたらホットピア鹿野には、ひっそりと刻まれたこんな個人的なストーリーが沢山あるのかもしれません。

町が人を選ぶ

 続いてはののさんのお便りから。ののさんも県外から鳥取に移住された方で、鳥取に来てから鹿野町を知られたそうです。
 『しっとりとした町並、「昔から」を感じる空気感の中に、何にもとらわれない、今、この瞬間に生まれつづける表現の場があったり。
”今まで”と”これから”がふしぎにまじり合うこの町に住んでみたいと思い、家を探してみたことがありました。しかし、なぜか、もう少しというところで話が白紙になってしまうのです。たしかに、毎回少しがっかりするのですが、不思議とこの町に「住むのはまだはやい!」と言われているように感じました。それは冷たくつきはなされているというより、私が熟す(成長する)のを待ってくれているようでした。”町が人を選ぶ”と聞いたことがあります。まさに私と鹿野町の関係はそんな感じで、時折家を探しては、「その時」が来るのを少し楽しみにもしています。ある意味、依存(このすてきな町に来さえすればなんとかなるかもという気持ち)をゆるさない厳しさと、「自分を生きる」と決めてきたものには「のびのびやりたまえ」と背中をぐっと押してくれるおおらかさのある町なのかもしれません。これから、この町に住む(住める)かはわかりませんが、何だかいつも気になってしまうこの町に足を運び続けてみようかとおもいます。』
 ののさんの手紙にはそう綴られ、鹿野町は『住みたいけど、住めない町、それでも好きな町』だと書かれていました。
 私も経験がありますが、家探しには縁やタイミングが大きく影響するのでなかなか思い通りにはいかず難しいですよね。あそこに住みたいなーと思っていても縁がなかったり、逆に住むつもりのなかった場所に住むことになったり。話がまとまって契約しようとしたら、「知り合いが使うことになったので申し訳ありませんが」と急に断られるなんてことも珍しくありません。特に地方では、知らない人に家を貸したり売ったりすることに抵抗感のある人が都市部に比べると多いので、少しずつ顔見知りを増やしていき、縁を育んでいくことが遠回りのようでいて、実は近道なのかもしれないと感じます。
 ののさんが鹿野町から「のびのびやりたまえ!」と背中を押される日が早く来るといいですね。

夕暮れの蓮池とお堀の桜

 塩川さんのおはなしに出てきた「楽園的絵画」というアートイベントを、私は実際に観にいくことができなかったのですが、滞在制作から戻ってきた先輩たちが尾道で行った楽園的絵画についての報告会がまた面白く、自分もあんな風に滞在制作をしてみたいなという思いを強く抱いていました。その後たびたび鹿野町を訪れるようになり、鹿野芸術祭に招かれて滞在制作を行えるようになったので、その頃の思いがこうして叶っているのが嬉しいです。

 ホットピア鹿野での思い出は私も色々あり、ドイツに住んでいる友人達と鹿野町に以前あった八百屋barものがたりというお店に泊まりがけで遊びにきていた際に、よくみんなでホットピア鹿野に行っていました。そのとき露天風呂に浸かりながら雑談していたことがのちに鹿野町で行った手ぶら革命(http://djh-leipzig.de/ja/tebura_tottori 動画:https://youtu.be/qTQJ9Jw1b2M)というイベントにつながったことをよく覚えています。
 あと、ホットピア鹿野からのお風呂上がりの帰り道、日暮や虫の音を聴きながら夕暮れの蓮池を眺めて帰るのが好きで、その景色は今も目に焼きついています。

 ののさんのお便りにも書かれていますが、「しっとりとした町並」という言葉が鹿野町には本当に似合うと思います。じめじめではなく、しっとり。品よく佇んでいる城下町の並びが湿度をまとっている感覚。
 特にそれを感じたのが鹿野城のお堀に咲く桜を見たときで、山陽側の乾いた空気感の中で見る桜が紙吹雪を舞わせているかのような賑やかさを持っているのに対し、鹿野城のお堀に咲いている桜はしっとりとした妖艶さを漂わせた落ち着きのある美しさで、同じ桜でも場所によってこんなに表情を変えるのかとちょっと衝撃を受けました。
 鹿野町は城下町としての面影と現在生きている人々の生活の香りの両方が混ざり合っているのもまたいい感じですね。景観条例などで昔の町並みや古い建物を残すことはとても意義のあることですが、それがただお役所の決めた条例に従って事務的に景観を保存するだけになってしまうと、町から表情や生き生きとした感じが消えてしまい、ショーケースに飾られた商品を見ているようなよそよそしい無機質な印象を抱いてしまうことがあります。町の美しさや魅力はその佇まいとそこに住む人々の生活が調和してこそ生まれるものなのかもしれません。

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