牛をひく
2019年から鹿野を歩き、ここに住む人々の声を集めながら進めてきたフィールドワーク。その体験から得たインスピレーションを元に制作されたのが今回の作品です。鹿野町の3つのエリア(鹿野、勝谷、小鷲川)の歴史をひも解きながら、密接に結び付いた生活経済圏のつながりと変遷を映像化。城下町の「しかの心」をメイン会場に他エリアでの上映も行われます。
※上映作品は各エリアとも同様のものとなります。メイン会場のしかの心には映像作品以外の資料なども展示しています。
2023/01/23 レポート
私は今回、鹿野芸術祭2022に「牛をひく、鹿野にて」という映像作品を展示させていただきました。映像作品は私のウェブサイト( http://atelier-sankakudo.jp/fromshikano.html )でご覧になることができるので、まだご覧になられていない方はぜひこちらからご覧ください。
2020年に行う予定だった滞在制作がコロナ禍の影響によって中止となり、代わりに3年かけて作品を制作していくことになりました。初年度の2020年には手紙やメールで鹿野の人々にインタビューを行い、2021年にはPCR検査や感染対策を行った上で鹿野に滞在しながらリサーチや対面インタビュー、フィールドワーク、ロケハン等を進め、2022年に数回に分けて鹿野を訪れながら鹿野の四季の風景や映像作品に使用する素材を撮影していきました。
もしコロナ禍によって2020年の滞在制作が中止にならなければ、いつものように空き家などの空間にインスタレーション作品を制作して展示するつもりだったので、今回の映像作品はある意味コロナ禍のおかげでできたとも言えます。
この映像作品は、鹿野町の近世から現在にいたるまでの歴史を整理してまとめ、現在の鹿野の姿と合わせて映像として残すという郷土資料的な側面と、近代以降に世界や日本が急激に発展していくなかで、地方の町村がどのような影響を受け、どのように変わっていったかを考察するという二つの側面から成り立っています。
英語字幕を付けているのも、海外の人にもこの映像が見られるということを鑑賞者に意識してもらい、より広い視野から地方の町村の変遷を見直すことで、自分達がどういう流れの中にいるのか改めて考えてもらうことを意図しているためです。
たとえば牛は日本以外でも運搬や農耕に使用されていました。東南アジアの一部などでは今でも高層ビルの立ち並ぶ都心部から少し郊外に出るだけで、田畑を耕している牛の姿を見ることができます。しかし、トラクターや車の普及によって日本の農家から牛の姿が消えたように、東南アジアなどの農村部からも今後数年ほどのあいだに牛の姿が急速に失われていくかもしれません。鹿野町で起こったことは他の国や地域でも起こったことであり、これから起きうることでもあります。
映像の冒頭にある「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。 よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。」という言葉は、鴨長明の方丈記の冒頭から引用したものです。方丈記の冒頭はさらに「世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」と続き、人はどこでどのように暮らすのが良いかという鴨長明の考察が述べられていきます。
鴨長明の生きた平安時代の末期から鎌倉時代の初期は、源氏と平家の争いで世が乱れ、火災や竜巻、地震などの災害や、飢饉、疫病なども相次ぎ、人々は悲惨な生活を送っていました。特に人口が密集し、食糧を周辺の農村からの供給に依存している都市部は、飢饉と疫病で壊滅的な被害を受けます。
そのような場所で生きてきた鴨長明が、最終的にどこでどう生きることを選んだのか、ぜひ方丈記を読んでみてください。そんなに長くない随筆なので、すぐ読み終わることができます。そして、方丈記の内容が分かれば、作品の冒頭にこの言葉を引用してきた意味も分かるのではないかと思います。
余談になりますが、美術館や芸術祭に展示される映像作品は5~10分を超えると最後まで見てもらえずに鑑賞者が次の作品へ移動してしまうことが多く、25分あるこの映像作品が最後までちゃんと見てもらえるかちょっと心配でした。
鹿野芸術祭は小規模なのでゆっくりと見て回られる方も多く、最後までちゃんと作品を見てくださる方や何度も見返してくださる方も沢山いて、心配が杞憂に終わり嬉しかったです。また、人口減少や地方破綻の危機など、警鐘を鳴らす意味も込めてあえてネガティブな内容も盛り込んでいたので、映像を見た鹿野町の人に嫌な思いをさせてしまわないかということも心配していた点の一つですが、鹿野町が直面している危機を再認識し、映像の内容を真摯に受け止めてくださる方が多かったようです。
親や祖父母が言っていた鹿野町の出来事が歴史の一部として改めて理解できた、鹿野町のどこかで今後も映像を流してほしい、学校などで流して若い子たちに見てもらいたいなどのありがたい言葉も多くいただきました。
今回は会場である「しかの心」の中央に設置した一つの大きな画面に映像を映すことを予定していたので英語の字幕だけに絞りましたが、もしまた展示を行う機会があれば、二つの画面を使って片方の画面に映像を写し、もう片方の画面に英語だけでなく中国語やドイツ語、スペイン語、ベトナム語、タイ語など様々な言語の字幕を映せたらとも考えています。
初めての4Kでの映像作品の制作やナレーションの吹き込みなど、思うようにいかなかった部分もあり、反省点も多いのですが、展示の直前ギリギリまで編集を行い、なんとかかたちにして発表することができて本当によかったです。
取材に協力していただいた鹿野のみなさまや、展示を手伝ってくださった鹿野芸術祭サポーターのみなさま、そして見にきてくださったみなさま本当にありがとうございました。
文章:山本晶大/写真:青木幸太