鹿野採話集

岡山在住のアーティスト山本晶大さんが、鹿野にもまつわるさまざまなお話や物語を集めながら、そこから得たインスピレーションをもとにアート作品を制作するプロジェクト。去年、今年とヒアリングやフィールドワークをしながら素材を集めつつ、来年の鹿野芸術祭での発表に向けて着々と準備を進めています。


鹿野滞在コラム1

2021/11/11 レポート

『リサーチ・ベースの作品制作』

2021年10月4日から10月30日までの約1ヶ月間の鹿野滞在が終わりました。私はこの滞在期間中、鹿野町内の各集落を巡ってフィールドワーク(調査)を行い、このフィールドワークで集めた情報をもとに来年の2022年の鹿野芸術祭での作品制作および発表を行います。
このようにリサーチをしながら作品を制作する手法は、最近では「リサーチアート」や「リサーチ・ベース」などと呼ばれていて、現代美術の主な潮流の一つとなっています。と言っても歴史的な事柄やリサーチしたことを題材にして作品を制作することは昔から行われていたことで、別に珍しいことではありませんでした。
リサーチをベースとして作品を制作するアーティストやその作品が注目され、現代美術の主な潮流の一つとして近年浮かび上がってきたのは、価値観の多様化・複雑化や、社会的役割の細分化・分業化が進み、直感的な第一印象だけではものごとの表層しか捉えることができなくなり、ものごとを多角的に捉え、溢れかえる情報を精査するためのリサーチが作品の内容に深みや説得力を持たせる上で重要になってきたからではないかと思います。
また、混迷する現代社会と向き合う上で、リサーチ・ベースのアーティストの活動や作品への価値が高まり、高く評価されるようになってきたというのもあるでしょう。

リサーチのために、道の駅きらりの駅長 徳岡さんから話を聞く山本さん

『学者のリサーチとアーティストのリサーチ、何が違うのか』

リサーチ・ベースの制作を行なっているアーティストの作品の中には、あまりに本格的なリサーチと膨大な資料によって作品が構成されていて、学者の研究とどう違うのかよく分からないようなものもあります。特にフィールドワークでは民俗学や現考学などの手法を参考に取り入れているアーティストも多いため、作品に芸術的価値だけでなく、郷土研究資料的な価値まで付随することも珍しくありません。
しかし、学者が行うリサーチとアーティストの行うリサーチには決定的な違いがあります。学者は調査した上で得た「確実性の高い情報」を論文などの形にまとめ、次世代の研究者に引き継いだり、意思決定を行う際の判断材料として提供したりすることが社会の中での主な役割です。もちろん学者も推測などの不確かな情報も論文に載せますが、その際もどういう情報からその推測を立てたのかという根拠を示し、他の研究者からもその妥当性を論証されることによって、情報が精査されていきます。
その一方でアーティストの行うリサーチにはそこまで厳しい情報の正確性や妥当性が求められません。例えるなら時代小説などに近く、歴史的背景や当時の生活をリサーチし、時代考証などを行なって話に説得力やリアリティを持たせていきながらも、メインとなるストーリーがフィクションであっても問題はないのです。そもそも歴史や記録は一般の人が思っているほどまとまった情報として残っているものは少なく、その多くは断片的で真偽のほども確かではありません。そんな断片的な情報の寄せ集めをストーリーとしてまとめ上げていくには想像力で補っていく必要があり、結果的にフィクションにならざるをえない部分もあります。
リサーチ・ベースのアーティストの作品も同様で、仮定や脚色、想像、嘘などのフィクションをリサーチして得た情報の中に織り交ぜていっても問題なく、むしろ、フィクションを織り交ぜていくことでいかに題材を美しく魅力的なものに見せたり、自分が表現したいことを題材を通して伝えたりできるかがアーティストの腕の見せ所となります。

『本物より本物らしい嘘』

私が美大受験のために美術予備校に通ってデッサンをしていたときに、先生からこのように言われました。
「ただ見たままを描くな。どうしたら立体感が出るかを考えろ。必要があればわざと比率や明暗の強弱を変えるんだ。大事なのは目の前のものをそのまま描き写すことではなく、どうすれば見る人の目により本物らしく見えるように描けるかだ。絵はどんなにそっくりに描いても本物ではなく、しょせんは嘘だ。だがその嘘を本物より本物らしく見せられるのがアーティストだ。」
嘘を本物より本物らしく見せるというのは、別の言い方をすれば自分が一番見せたい・伝えたいと思う美しいポイントを際立たせて、そこに人の意識を集中させるということです。そのために他の部分の描き込みや明暗をわざと弱くしたり、反対に集中させたい点をしっかり書き込んだりします。写真で例えるならフォーカスを絞ってピントを一箇所に集中させたり、余計なものをフレームから外して風景の一部を切り取ったりすることが近いでしょうか。
アーティストがリサーチした内容を作品に反映するときも、リサーチした情報の全てを作品の中に登場させるわけではありません。自分が表現したい内容の邪魔になるような情報は排除され、表現したい内容に合う情報が誇張・演出されることがよく行われます。その取捨選択と誇張が極端であれば、それがアーティストの世界観が表現されたものだと明らかに分かりますが、問題は演出がさり気なく、アーティストの作品から伝わる情報(フィクション)を観賞者が真実だと勘違いして鵜呑みにしてしまう場合です。
アート作品の中には極力フィクションや演出を避けたドキュメンタリー形式のものもあります。しかし、いくらフィクションや演出を控えたとしても何かを伝えようとしている時点で主観や情報の偏りは生じてしまいます。これはアートだけでなくジャーナリズムなど情報を扱う全てのメディアに言えることですが、情報を鵜呑みにしないこと、伝えられているのはあくまでその人の世界観(主観の混じった情報)であることに注意しなければなりません。
特に表現力の巧みなアーティストほど、やろうと思えば嘘を真実として人に信じさせてしまうようなリアリティーのある作品を作ることができてしまいます。また、リサーチ不足のアーティストが誰かから聞いた噂や嘘を信じ込んで作品を作り、間違った認識を広めてしまうことだってありえます。だからこそ、アーティストにとってリサーチは重要であり、特に歴史的な題材やデリケートな問題を取り扱う場合は綿密なリサーチを行い、無自覚の内に誤った認識を広めてしまったり、プロパガンダなどに利用されたりしないように、どこからどこまでが事実を参考にしていて、どこからどこまでがフィクションや演出なのかということに注意し、自分が表現しようとしている内容に対して自覚的であらねばならないと私は考えています。

『知ることで変わる世界観』

正確な情報を得たいのであれば、論文や専門書などの資料をいくつも読んでそれぞれの情報の整合性を確認していくのが妥当です。しかし、普通に生活していて論文や分厚い資料を読もうとする人や読む時間のある人はあまりいないでしょう。
私も今回のリサーチにあたって鹿野町誌、気高町誌、青谷町誌、小別所部落誌をはじめとした郷土本や、鹿野往来などの古道の調査報告書、その他地域産業に関する資料や論文など色々な情報に目を通していますが、今回のように作品を作ろうとしなければそれらの資料にじっくりと目を通す機会はあまりありません。しかし、何も知らないのと、知識を持って地域を見るのとでは、見えてくる世界が全く違います。
今回の滞在では前半は主に資料の読み込みや鹿野町全域の地図の制作に時間を費やし、半ばから聞き取り調査を行い、後半は鹿野町内の各集落に赴いて撮影や集落で出会った人からの聞き込みを行いました。
去年の鹿野採話集で城下町以外のエリアの話をお聞きすることができなければ、今も私の鹿野町へのイメージは城下町の風景だけに留まっていたかもしれません。約一ヶ月の間じっくりと鹿野町について調べ、様々な人のお話を聞き、歩いて鹿野町内全域を見て回ることで、今まで全く見えていなかった鹿野町の景色や各集落の結びつきが新たに見えてきて、鹿野町に対するイメージもまた少し変わりました。もちろん鹿野町の全てについて熟知しているわけではなく、むしろ調べれば調べるほど気になることが次々と出てきてキリがありません。それでも今は自分の地元のことより鹿野町のことについての方が詳しいくらいです。
意外と自分の住んでいる地域のことってよく知らないものですよね。特に道路が整備されて車が普及してからは生活圏が変わり、市内の方にはよく行くけど他の集落には行くこともないし、よく知らないという人も増えてきているのではないでしょうか。
私が来年制作・発表する作品を通して表現できるのは、あくまで私から見た鹿野町の姿でしかありませんが、もしかしたらそれは鹿野町の人にとって新たな視点から捉えられた新鮮な鹿野町の姿かもしれないし、逆に懐かしさを感じる親しみ深い鹿野町の姿かもしれません。

人は持っている視点が少ないほど考えが偏った方向に凝り固まっていき、柔軟性も失われ、嘘や間違った情報にも騙されやすくなります。逆に持っている視点が多ければ目の前のことを様々な角度から捉えて楽しんだり柔軟に対応したりできるようになり、それが生きる強さや豊かさへとつながっていきます。願わくば私の制作や作品を通して生まれる視点が、強さや豊かさへと繋がるものになれればと思います。

文章:山本晶大/写真:青木幸太

鹿野芸術祭は3years Program。

鹿野芸術祭 2020→2022は「鳥取夜景」「鹿野採話集」を中心に 3年をかけて作品を制作し、発表していくプログラムです。
鳥取のさまざまな場所でフィールドワークしながらリサーチを重ねた 一年目。二年目となる今年はワークショップを中心にみなさんと さまざまな作品づくりを進め、そして来年、これまでの集大成として 発表の場所を作ります。
「いまアートを通じて人と人とがどうつながるか」その新しい答えを、 参加するみなさんといっしょに見つけながら、作っていきたいと考えています。

鹿野芸術祭は3years Program。

2020年度サイトへ

|主 催|鹿野芸術祭実行委員会、
西いなば工芸・アート村推進事業実行委員会
|共 催|鳥取県
令和3年度文化庁 文化芸術創造拠点形成事業、令和3年度鳥取県工芸・アート村推進事業
|助 成|公益財団法人 エネルギア・文化スポーツ財団

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